おまけのHONEY 食堂の噂話


「見た、見た、見た?」
「見てた」
「聞いた聞いた」
「くそ、見逃した」

何の事だかわからない人間は誰一人としていなかった。

「…何の話ですか?」

聞き返す城が登場するまでは。

「ああ、知らない?」

遅い夕飯を食べようとカウンター前に並ぶ城に偶然前に並んだ平田が問いかけた。

「何の事だかサッパリ」
「西脇さんがね、大量のチョコを抱えてもって来て…」
「食堂に持って来てたって事はさ、仕事中にもらったっつーことでしょ」

更に一つ前に並んでいた坂口がキッチンの中にいた浅野に語りかける。

「そうなんじゃないの?西脇さん、何気にモテるしねえ」

チョコ味のチュッパチャップスを口の端にくわえて、浅野が坂口にニヤケた顔を近づける。

「なーに?羨ましいわけ?」
「男としてさ、やっぱり数は欲しいでしょ?」

チョコの数が嬉しいか、で盛り上がる二人を傍目に、平田と城は自然、並んで歩いていた。

「城はチョコ、貰いたい方?」
「いや…俺はあんまり…甘いのはそんなに好きじゃないし」

共に席に着きながら、周りが未だに西脇の話題で盛り上がっている中で城が軽く周囲を見回す。

「こんな中にチョコレート持ってくるなんて…」
「らしくないよね?」

一口味噌汁を啜り、平田が控え目に同意する。

「平田さん、チョコは?」

貰ったんですか?と暗に聞いた城に平田が鮭の身を解しながら、まさか、と笑う。

「チョコなんて貰えるような人、いないし。仕事人間だし」

軽い受け答えにも余裕を感じさせながら、平田が未だに言い争う浅野と坂口を目を細めて見つめる。

「あれくらい、賑やかならわからないだろうけど」

控え目で森繁やクロウの影に隠れてしまっているからか、普段は目立たないけれど、仕事の上で遅れを決して取らない、勤勉で実直で。

「俺は、平田さんみたいな人がいるから、隊は成り立ってんだと思いますよ」

いつものポーカーフェイスで城がなんでもない事のように呟く。

「はは、そう言ってもらえると嬉しいね」

平田は謙虚さから、半分はお世路だと思っていながらも、笑顔と共に礼を言う。

「だーかーら、質でしょ、質。何個かじゃなく質」

浅野の声が響いたとほぼ同時に、調理場の奥から

「浅野、いい加減に仕事をしろ」

冷静な口調なれど、ひそかに怒りを含めた高倉の声に浅野が一瞬、顔色を変える。

「早く、厨房入れ。仕込み始めるぞ」

冷静でいつも通りの声音だけに逆らえずに、浅野がそそくさと調理場に向かう。

「こら、また、んなもんしゃぶって!」
「えー、バレンタインだし」
「四六時中の奴が言い訳すんな」

高倉の声が表にまで聞こえてきて、食事を取る平田は城と目配せして笑いを噛み締めていた。
坂口もだいぶ気は済んだのか、調理場に捨て台詞のように『量だ、量!』と告げて、手近の席へとやっと向かう。

「…チョコレートさ…あれ、西脇さんのじゃないと思うんだよね」

漬物で最後の御飯を食べ終わり…平田が湯呑みを手の中で包み込んで、悪戯っぽく目を瞬かせる。

「西脇さん、ほら、秘密主義だから」
「そうですね、秘密で何かをやらかしてる感じですね」
「やらかしてる、とか言うなよ」

平田が手に持った湯呑みを置いて、穏やかに城を窘める。

「俺は…西脇さんやアレクが色々、何かする度に自分じゃ出来ないような事、感じさせてもらって、楽しませてもらってるんだ。多分、ここにいる隊員もさ」

みんなを楽しませたい、驚かせたいと思う。けれど、誰しもそんな才能に恵まれるわけじゃない。

「…だから、俺は目一杯楽しもうって思う。噂話も沢山して、盛り上げなくちゃ。それが楽しませてくれる人への礼儀だよ」

平田はトレイの上を片付けて、いつもの穏やかな表情のまま、城に告げたのだった。


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