HONEY 宇崎万尋の災難
「万尋さん…これ、何?」
明らかに不機嫌な声が風呂上がりの宇崎の耳に届く。
昨日今日と届いた宇崎のチョコレートをチェックしていた真矢が取り上げたのは自分に見覚えのないピンクの可愛らしいラッピングに包まれた円筒形の小箱。
「あ?ああ、それか」
声の主の不機嫌さに宇崎はさほどの事でもないように首に掛けたタオルで髪の雫を片手で拭いながら、備え付けの冷蔵庫からビールを取り出す。
「開けてもいいよ。俺も良くわかんなくって」
その余裕の態度に真矢は無言でラッピングを半ば乱暴に解いていく。
「…万尋さん…?」
真矢の声が更に深く不機嫌になったのにも気付かず、宇崎が暢気にビール片手に近づいていく。
「このチョコレート、誰から貰ったの?」
中に入っていたのは小さな兎の形のチョコレートが並んでいるもの。
「西脇に貰ったんだけどさあ、何も言わないで渡されたから、良くわかんないんだよな」
「西脇さんがどうして万尋さんにチョコ渡すの?」
真矢が可愛らしく形とられたホワイトチョコの兎を取り上げながら、その可愛い物体とは反対の剣呑とした眼差しで宇崎を射た。
「知らねーよ、誰かから貰ったのくれたんだろ?」
「じゃ何で中が兎なの?」
至極もっともな質問に宇崎は言葉に詰まる。
「万尋さんの事、良く知ってる人からで…西脇さんを通じて渡してきたんじゃないの?」
手にした兎を顔の前に掲げて駄目押しとばかりに問うのを、宇崎が睨みつける。
「たとえ、そうでも。何でお前が不機嫌なわけ?」
「鈍感」
手にした兎を真矢は舌先で軽く嘗め、口の中に含むと味わうようにゆっくり噛みしめる。
「人に来たもん食うなよ!」
真矢に食べられた兎に何故かドキマキして宇崎が叫ぶ。
「俺は、あんたに来たチョコなんか全部喰いつくしちゃいたいくらいだよ」
「ばかか、お前はっ」
「これだって隊員からでしょ?身近に恋敵がいるってわかったら、どんな男だって穏やかじゃないと思わない?」
思いの他、真剣な口調の真矢に宇崎は気まずく目を反らして俯いた。
「な、何で…、何だよ、見えもしない相手に…」
「ホントに鈍感。…見えないから、嫉妬するんでしょ?」
間近まで距離を詰めながら呟く真矢の声に宇崎が顔を上げた。
「見えてたら、どうすんだよ」
「…見えてたら、何をどうしても、万尋さんは渡さない」
「渡さねえって…俺はお前のモンじゃねーだろ」
真矢の指が宇崎の肩を撫でる。撫でた指が…背中に回る。
「それでも…」
抱き寄せた腕が強く宇崎を引き付ける。肩から掛けたタオルが床へとパサリ、音を立てて落ちた。
「好きだよ、万尋さん。誰にも渡さない」
その声は微かに震え、熱を孕んで宇崎の耳元に伝わる。
「ばか」
声の熱にゆっくり笑い、それでも変わらぬ口調で宇崎が囁く。
「…そんな物好き、お前くらいだよ」
言葉ではっきりとは告げない照れ屋の恋人の、それでも充分過ぎる程に伝わる思いに、真矢は宇崎の額に額を合わせた。
「なら、その物好きに、年に一度のご褒美頂戴」
「何だよ、ご褒美って?」
額を合わせたまま、至近距離で宇崎が真矢を照れ隠しのように緩く睨む。
「チョコを食べさせて。あの兎のチョコ」
「何だよ、そんな事がご褒美か?」
額を離すと手にしたビールを兎のチョコに乗る机に置き、箱の中からチョコをツマミ上げる。
「でも、そもそも何でご褒美を俺がお前にやらなきゃいけねーの?」
「こーんなに万尋さんを好きな俺にくれてもバチ当たらないでしょ」
「…ばーか…」
微かに笑いを含ませて額を手の甲で小突いた宇崎の指が、ゆっくり真矢の唇に近づく。
「あーん」
わざとらしく声を出して口を開け、目を閉じた真矢に宇崎が
「ガキ」
微笑んで、ぽいと中にほおり込む。
「ん…うまい」
口の中でチョコレートを溶かした真矢が瞼を開ける。
「万尋さんも食べる?」
真矢が悪戯っぽく笑い、背中に回していた手の片側を宇崎の頬に当てた。
「万尋さんにもバレンタインチョコ、あげるよ」
「何、真…」
言いかけた宇崎の唇は言葉を告げる前に塞がれた。
真矢の甘いチョコレート味の唇で。
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