岸谷鷹夜の恋人


「鷹夜さん、あの…」

デザートのフォンダンショコラを食しながら、目の前の愛しい恋人が何やら言いたそうに声を掛けてきた事により、コーヒーでも飲もうかと立ち上がりかけた岸谷は、浮かした腰を椅子へと落とした。

「どうした、潤?」
「あの、実はチョコレートを貰ったんです」

不思議ではない。今日は天下のバレンタインデーだ。池上ほどの隊員になればチョコの一つや二つ貰うだろう。
今年の岸谷は極力、そう思うように努力していた。辛うじて嫉妬や過保護さやらを押し潰して、やっと夜になったと思ったら、またもや辛抱を強いられるのかと、心の中でだけ息を吐き…。

「誰からだ?」
「それが…西脇さんなんです」

少し言いづらそうに告げた恋人に向かい、一瞬、言葉を失った岸谷が軽く首を振り

「…え?」
「実は今日…」

一部始終を聞いた後、岸谷は池上と同じ、狐につままれたような表情を浮かべた。

「…何を企んでるんだアイツは」
「本木は喜んでましたけど」
「あいつは食べ物を与えられたら何でも嬉しかろう?」

岸谷が当然だと言うように告げると、ぐいっと池上の目前にまで顔を近づけた。

「で、そのチョコはどうした?」
「しまってあります」
「いいのか?お前の尊敬する上司からのプレゼントなのに?」

半ば意地悪なからかい口調で岸谷が問い掛ける。
昔の池上なら多少怯んだであろう言葉にも、しかし愛されている自信は人を変える。

「今日は鷹夜さんのチョコだけって決めてます」

言い切って、柔らかく笑う池上に岸谷は小さく『参ったな』と呟いた。
参ったな。潤の方が大人だ。
池上の姿にふと目を細め、岸谷が優しく笑いかける。

「どうしました?」

問い掛ける池上に更に愛しさが募り、さらりと岸谷が髪を梳いた。
不思議そうに見つめる池上を目にした岸谷の胸が温まる。
優しくて強くて真っ直ぐな…なんて愛しい恋人。
微笑みを浮かべながら髪を離すと岸谷はコーヒーを入れる為、ペアのカップを手に立ち上がった。


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