在庫管理


チェックのし過ぎでレ点が最早レという字に見えなくなってきた深夜二時。
ペンが走る音に加えて、両隣から小声で数を数え上げる声も聞こえてくる。

「…夏休みの宿題が8月31日に終わってなかった気分というか」

数を数え終えた深津が表に書き込まれた数字と差異がないことを確認し、チェック欄に一つレ点を書き込んで、目頭を親指と人差し指で挟み込むとマッサージするように揉み始める。
勿論これは宿題でもなければ、まだまだ提出期限まで時間がある書類ではあるけれど、果たして本当に期日内に終わるのかといったスリルは似通っているかも知れない。

今やっておかないといつできるかわからないから時間がある時に始めよう、と、班長がにこやかに班員全員に告げたのがスタートだった。
時間が空いている時は皆がそれぞれ何かしらを数える…という決まりが自然と出来て、今日はネジの在庫を調べることになった。

在庫管理する上でも予算請求する上でも必要な作業なのだが
整備班に置かれた在庫というのは途方もない種類のネジであったりナットであったり、グリスだったり布だったり工具だったり幅広い。

勿論ネジやナットは個数で管理するのは無理だから重さで管理している。
未開封の箱が何箱あるかや袋に入っている在庫が幾つかを数えて、電卓を叩き、書き込まれた重さイコール個数と違いがないかを確認していく。
消耗部品だから多少の違いは許されるが、未開封のものに関してはそうもいかない。

「何だか自分が数えてる声が心地よくなってきて…眠りそう」

坂口も自分のチェックシートにレ点を書き込み、ふわ、と欠伸を零す。

「安心しろ。寝たらヘッドロックかけて起こすから」

脅すように言うもののあまり威力がないのは、多分、自分の声も多少の眠気を孕んでいるからだろう。
俺の数えていたものも数字が合って、ようやくひと段落ついたところで、坂口と深津のチェックしていた紙も差し出される。
在庫数はデータ上とほとんど差異がない。
差異がないということは…。

「んー…」

小さく唸ると両側から二人の顔が同じ紙を覗き込む。
紙の上では充分と思われる数のそれらもこれからのことを考えると充分とは言えない。

「これ、とこれと…」
「これも追加必要じゃないかと」
「これも!」

隣に置かれた白紙に自分が書き出したネジやナットの品番の横に、先程までチェック担当していたものの品薄の部分を両脇から更に書き足された。

「去年は台風の時期にネット破れて枝が飛んだりしてたからネットも」
「飛ぶと言えば、外灯の替え球も準備しておかないと。割れると手に入れるの大変じゃなかったでしたっけ?」
「…あとで在庫数、ちゃんと確認しとこう」

毎年やってくる雨と風の台風の季節に向けて、在庫管理が備えのいいキッカケをくれる。

「…こういうことがあるから早くやろうって班長言ってたんすかね」
「だろうな」

そして、多分それを自分達に自分達自身で気付かせる為に、在庫チェックを早めたんだろうとも思う。

でも、それを指摘すると『いやあ偶然だよ』なんて言って、そのくせ酷く照れ臭そうにするだろうから
その照れ臭そうな顔でバレてしまうだろうことまで想像がついてしまう、人の良い我が班の班長。

「はい!俺、一つ今決めました」
「何を?」

すっくと立ち上がった深津はペンを握り締めて決意の表情を浮かべるものだから、俺も坂口も無言でことの成り行きを見守る。

「結婚して子供ができたら、その子に夏休みの宿題は早くやれ、と必ず言います!」
「…重大決意かと思えば…」

坂口がはああと大きく息を吐く。

「これかなり大事でしょ!」

闇雲にものを多く持つのではなく、本当に必要なものを必要な時に用意し整備できる備えをしておくことで余裕が出来る。
その余裕が落ち着きを生み、それが集中力と完成度の高さに変わるのだ。

「そして、残りの夏休みでゆっくり見返してみたまえ、と言います!」
「『したみたまえ』…って、どこの紳士…」

眠くて多少微妙なハイテンションになっているのであろう深津と力ない坂口のツッコミの言葉を聞きながら、実は自分達の仕事もそれなんだろうと思う。
迅速に、しかし正確に、見直す余裕も仕上がりの確認も怠らず。

「うん、かなり大事で重大だな」

呟いた言葉に坂口は『え』と固まり、深津は『でしょ?』と嬉しそうに笑った。


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