役割
「飯食いながら、考え事か?」 かつ丼を口へと豪快にかきこみ、咀嚼し終わった途端に観察していたらしい有馬教官に指摘された。 「はあ、まあ…色々と考えることがありまして」 曖昧な返事を返して、口を付けず、ただボンヤリ見つめていた自分の弁当の中身に箸を伸ばす。 同期だった面々が、ある時を境にして皆一斉に芽を出したといった印象だった。 確か、石川の補佐官就任が皮切りだったと思う。 要職に就いた石川や西脇、それに尾美や康は職務でやって来る機会も多い。 そんな時、やはり有馬教官の前で見せる顔は、教師と教え子の顔に戻っている。 特にたまにプライベートでも顔を出す西脇は有馬教官の部屋で時間を過ごした後に自分のところへも必ず顔を出していくけれど 来た時とは少し違った顔つきで帰っていくこともあるから何かしら抱えている時に訪れたりもしているのだろう。 隊長や副隊長、班長、副班長。重要なプログラムを組んでいる、隊の中枢に居る。 …重要なポストに就く彼らが、安心した表情を見せることが出来る相手はそういない。 ましてや全幅の信頼を置いて相談できるのは。 同期や隊員以外では、きっと教官にくらいではないかと思う。 「…榎木」 「ああ、すみません」 伸ばした箸がまた止まっていて、慌てて玉子焼を口に入れた。 自分が受け持った訓練生の中から隊の要職に就く人間はまだ出ないだろうと思っていたのだが 今日回ってきた次期の訓練校カリキュラム計画案に記された名前に驚きを隠せなかった。 DGの森繁爆発物処理班班長が退任されるに辺り、臨時講師として招く計画があるとの記載。 国会警備隊や官邸警備隊で起こった出来事は訓練校にも大きく関係してくる。 今回の退任の件も、まだ隊内ですら知らない人間が過半数以上を占めている状況で知らされてきた。 つまり来期、爆発物処理班は一人隊員が減ることになる。 しかもベテランで班長であるということだけでもわかるように、その穴は一人分では恐らく埋まらない。 隊員の補充は必要になるだろう。 しかし、それ以上に気にかかることがあった。 爆発物処理班の人事。 班長には当然クロウが、そして副班長に。 「彼だけが特別なわけではないんですが」 心配は訓練生以外の隊員のことでも勿論してきた。 隊員に怪我人が出たと聞けば、出来るだけ軽傷であることを祈り、隊内で事件が起こったと聞けば、情報が入るまでの長い時間をジリジリと過ごす。 けれど。 膝に置いた極秘と書かれた計画案の表紙に目を落としながら呟いた。 「色々とあった子なので」 かつて優秀だからこそ事件に巻き込まれた彼が立ち直る姿は遠くから見守ってはいた。 立ち上がり、時に迷い、それでも真っ直ぐに進んできたからこその評価だということもわかっている。 しかし、人を仕切る立場になることはまた別の意味を持つ。 今まで負ってきた責任と、それプラスアルファの重責。 矢面に立つ立場になった時、彼の過去はまた彼を傷つけることになりはしないか。 「信じてはいるんですが、でも、とても、心配で」 「そんなの、当たり前だろうよ」 気付けば有馬教官の丼の中身はすっかり空になっており、湯呑に入ったお茶も残すところ僅かになっていた。 「今でも俺ァ心配するよ。どんなに逞しくなったってな、やっぱり心配はするさ」 教官の言葉に、それでもきっと何かしらこの心配を緩和する方法はあるのではないかと思い、見遣った。 けれど、その言葉は全く予想外のものだった。 「心配してやる奴がいるから、奴等は頑張んだよ。現役の訓練生にしてやれることは多いけどな、俺達が卒業生や隊員にしてやれることなんぞそれっくらいしかねえよ」 確かに心配する人間が誰もいないのなら、多少の無茶だってしてしまうだろう。 自分一人で済むのなら、心配もしてくれる人がいないなら、自分を大切にしない人間も出るかも知れない。 「そうですね。確かに、ええ、確かにそうです」 自分には心配くらいしか出来ないのだ。 「後は心の強い隊員を羽ばたかせることくれぇ。教官なんて呼ばれてっけど、所詮俺らは万能でもなんでもねえんだから」 「はい」 「出来ることを精一杯、やるしかねえんだろうよ」 妙な関係だと人に良く言われるが、自分では良くわからない。 教官と訓練生の関係から今の関係になったから ただの先輩後輩でもないし、ただの同僚とも違う。 訓練生としてではないが訓練校の教官として第一歩を踏み出そうとした時から 必要な心構えや指導の仕方を教わったのは有馬教官からであったから そう考えると、やはり『恩師と教え子』という関係が一番しっくりくるような気がする。 例えば、今のように、今でもやはり俺は教えられている。 「有馬教官」 「あん?」 「やっぱり、教官はいつまでも教官ですね」 不思議そうな顔で首が傾げられた。 「…お前、寝惚けてんのか?」 「いいえ、起きてますよ」 むしろ今、起きたといってもいいくらいにスッキリしている。 「なので今日も元気に心配します。今の訓練生の分も含めて」 「そうだよ、どっちかっていったら重点的にそっち心配しろ。あの点数で卒業させるのが俺はかなり心配だ」 「…毎年、こんな会話ですねえ、自分達は」 入学してきた訓練生を本当にこれで隊員になれるのだろうかと心配し 危機感の無さに心配し、逆に危機感を持ち過ぎて恐怖心が生まれればまた心配し。 心配するから、しっかりしろと励まし、時に鼓舞し、叱り、厳しくも接し。 警備隊員に向いていないからと告げた相手を心配し 警備隊員になった人間を心配し。 けれどそれは等しく警備隊を誇りに思い そこで生きる人々と同じ思いで活動できる未来の隊員を育てるこの仕事と、警備隊を目指す人々と、そこで働く人々を、大切に思う気持ちがあるから。 有馬さんがにやりと笑った。 この笑顔もずっと変わらない顔だ。 「だから、言ってんだろ?」 心配することこそが仕事。 「ええ、そうですね」 それが我々の役割だって。 Index |