継ぐ想い
風が吹き抜けていく。 シャツを濡らす程にかいた背中の汗で身体が冷えていく感覚。 必要な工材を受け取り、搬入とチェックを終えた。 あとは整備中の班長の元へと赴いて書類に判子を貰い、室班に提出して、今日の仕事は終了だ。 風が揺らす木々の緑の葉。 光る雫のおかげか更に涼しげに映る。 先程まで立ちのぼっていた大地からの熱気は通り雨のおかげで今は感じることもない。 涼しさは心地よかった。 しかし、布の張り付く感覚はそれからは程遠い。 帰ったらまずシャワー、そしてビールだ。 空は雨が降ったことなど忘れたように青と橙が入り混じっている。 今年の梅雨はほぼ例年通り、そのまま盛夏へと突入した。 早いものでもう半年が過ぎ去り、時間の経過の早さに驚きを隠せない。 先月は雨が続いたこともあって湿気に弱い製品のメンテナンスが多かった。 今月に備えて空調整備もしていた。 忙しい月だったと思う。 忙しいのはいつものこと。 そして、忙しくても遣り甲斐がある仕事だとも思うのもいつものこと。 皆がそう感じていることもいつもの…。 …ああ『いつものこと』でなかった時期もあったんだ。 残り僅かな日の光が全て集まったように反射している雨に濡れた石碑。 一緒に働いていた人、尊敬していた人、目の前で起こった事故。 刻み込まれた名前が頭の中で語り出す思い出は悪いことも良いこともない交ぜにして 忘れることはおそらく一生ないであろう確かさで胸に迫る。 城教官が在任中は、まだ班長は班長ではなかったっけ。 足を止め、軽く腰を屈めて慰霊碑に雨で貼り着いた葉を一枚一枚剥がす。 気持ちがバラバラな方向を向いていた。 隊員同士の中でも色々なしがらみがあった。 昔の全てを否定するわけではないけれど でも自分は城教官が思い描き、隊長が意志を継いだ、今の隊が好きだ。 忙しくても遣り甲斐がある仕事。 皆がそう思っていることを感じる今という時が訪れたことは、なんと幸せなのだろう。 在籍している隊員だけが作ってきた『今』ではない。 ここに刻まれた人達の想いも 去っていった人達の想いも 全ての想いがあって、全ての存在があって『今』があるのだ。 誰もが、かはわからない。 少なくとも自分は自分の在り方を確認する為にここへまたきっと立つだろう。 同じ人間ではないから全てを引き継ぐことはできないだろうけれど 少なくともその理想から離れていないことを確認する為に。 抱いた想いや理想だけは受け止め、引き継いでいけるように。 大切な場所を 時間を 人を 守り抜けるように。 「見守って、ください」 風が髪を撫でていく。 また少し風が強くなったようだ。 屈めていた腰を伸ばし、手にした葉を指で摘まんだまま歩き出す。 日はもう間もなく落ちる。 外での整備はもうそろそろ限界の時間だから班長の仕事も終わった頃かも知れない。 すぐにでも夜闇が空を覆うだろう。 今夜は少し涼しくなりそうだから、良く眠れそうだ。 そして、その夜が明ければ朝が来て。 心の底から彼らが望んだ、かけがえのない一日を自分達は過ごす。 当たり前に何事もなく過ぎ去る一日を過ごせるように、毎日を過ごすのだ。 ただ、懸命に。 Index |