ソファの上の哲学者


食堂の喧騒。
食器が立てる金属や皿が生み出す音たち。
このざわめきも心地良く感じているのは、この部屋に随分と慣れた証みたいで少し照れくさくて、けれど、幸せで。

大きめのクッションへ寝返りをうって顔を埋めると、柔らかに僕のものではない香りが鼻腔を擽った。
これだけでも面映ゆい、なんて言ったら、まだ慣れないのか、と言われてしまいそうだけど
あの雨の夜が明けた朝の想いと、僕の今の想いに違いはなくて
…いいや、違うかな。
今の方が幸せが更に胸の中で溢れ返ってこそばゆいし、そんな自分に照れてしまうし、一人で赤面だってしてしまう。

でも、もしいつまでも慣れない自分に呆れられたとしても
決してこの幸福に慣れることはないと思う。
だって
この扉の向こう側で、大好きな人が働いている…なんて奇跡みたいな出来事。
慣れろなんて、無理というもの。

行儀は悪いけれどベットでなく、こうして部屋のソファに寝転んでいるのが好きなのも
柔らかく閉じた自分の世界と
聞える音や気配で繋がりを感じられる場所だから。
気配でいいから感じたいなんて僕は存外寂しがり屋なのかも…なんてことをボンヤリ考えていた頭へ不意打ちに食堂から聞こえてきた声が届いた。

ほんの微かに辛うじて耳に届いた声音ですら
充分過ぎる程に心を温めてくれる大事なひとの代わりにクッションを強く抱き締めると
自分の鼓動が大きく早く打ち、身体の芯から響いているのがわかる。

一緒の部屋に暮らし、一緒のベットで眠って
一緒の職場で働き、一緒に笑い、一緒に泣き
一生を誓い合って。

それでも尚、こんな些細なことにすら僕はときめいてしまうのだ。

一緒に居て落ち着かない気分になることも
一緒に居てこれ以上ない程の安住の地を見つけたと感じることも
相反する想いだけれど
けれどそれは確かに、両方とも真実。

一度捉えれば、食堂から聞こえる音の中にその声を見つけるのは簡単。

さっきはあんなに心臓がうるさかったのに
本当におかしな話。
すごい謎。
その声はまるで心の昂りを撫でてくれるように柔らかな幸福が胸を満たし
自分の耳にまで届くような大きさだった心音がゆっくり穏やかに落ち着いていく。

「なんて矛盾だらけなんだろう」

けれど、その矛盾ですら愛おしいものになってしまうことも僕は知っている。
多分、僕はこの幸せな矛盾と
彼と一緒に居る限りずっと付き合っていくんだろう。

「でも、こんな幸せな矛盾なら…いいか」

きっとその矛盾こそが、僕が鷹夜さんにいつでも心動かされている証拠。
沢山の想いが様々なアプローチで僕とあの人の心に注がれる標。

解けなくてもいい謎を抱えた僕は
クッションを抱え直し、彼の声を追いながら
幸せな夢が見れる確信を持って緩く瞼を閉じた。


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