視線一方 感情多方


「真田、ここにコーヒー置くね?」
「ああ、ありがとう」

食堂で注いでもらったコーヒー入りの真田用のタンブラーを袖机の上へと置く。
礼を述べる真田の目は画面から離れることはないけれど、これが当然の姿だから気にしたことはない。
恐らく自分だって同じ状態で画面を睨んでいるのだろう。
横顔を少し眺めた後、今日一日のこれまでの館内警備の情報が表示されている正面モニターの一画面を読み込む。

「今日の昼のカメラチェックってうまくいった?」
「ロビーと議事堂の南側のカメラを広角に替えることになった」
「全体の絵が映って欲しいところだから、それはいいことだな」
「あと、廊下の曲がり角の死角を減らしてもらうように増設以依頼しといた」
「そっか」

こうして館内チェックをしながら見づらい場所や見えにくい位置はこまめに意見交換を交わす。
それを反映して警備体制が更に強固になっていく。
今の国会警備隊はそういったところだ。

「夏目、何か変わったこととかあった?」
「やっぱり左上のモニターの色味が少しおかしいみたいなので、帰りに整備班にお願いしてきますね」
「ありがとう」
「悪いな、頼む」

自分の発した感謝の言葉に真田の声が重なった。

真田のタンブラーの横に自分の物も置き、真田と夏目の間に自分用の椅子を転がしてきて
準備万端で腰掛けると同時にピピッとアラーム音が鳴った。

「センターを交代します」

夏目の声が無線からと同じ空間からとステレオで聞こえ、当人は席を横へと動かした。
そのまま空いたモニター前の場所へと椅子ごとスライドすると館内巡回のメンバーに声をかける。

「お疲れ様です。夏目に代わり、室井が入りました」

わかったもので巡回中の数名は各自が現在居る場所の一番近い監視カメラごしに軽く手を上げる。
回線をむやみに埋めない為にいつの間にか室班で行われているカメラチェックも伴った交代後の挨拶だ。
カメラをひとしきり…勿論それは夏目の言っていたモニターも含めて…チェックしてから、目線は逸らさずに横で日報を打ち込んでいる夏目のキーボードの音が途切れるのを待って声をかける。

「…夏目、悪いけど帰りに市原のとこにも寄って具合見てきてくれる?」
「ああ、はい」

本来はここで市原と真田が交代だった筈なんだけど、市原が急遽体調を崩してしまったものだから、昨日の夜から真田が続けて勤務に入っているのだ。

「明日代われるから、具合悪いなら無理しないでゆっくり休んでって言っておいて。無理は禁物だよ」

インフルエンザなどではないのだろうけど、この時期は急に寒くなったりもするから注意が必要だ。
無理して出てきたりしたら余計体調が悪化するだろう。

「わかりました。お疲れ様です」
「お疲れ様」
「お疲れ様」

去っていく姿は足音で確認している。
それも当たり前のこと。

「…どうした?」
「ん?」
「今、何か言いたい感じじゃなかったか?」

顔を見ていないから余計に感じることがあるのだろう。
気配だけでなんとはなしに、こういった空気のようなものが読めるらしい。

「真田も無理しないでよ?昨日の夜から寝てないんだからさ」
「それが言いたかったのか」

きっと今はポーカーフェイスのなのに、目の奥だけしまったみたいな表情を浮かべているんだろう。

「…何?」

今度は真田の方から何かを言いたい空気が漂ってきて、真田の真似をしてみる。

「今、真田、何か言いたい感じじゃなかった?」
「…室井も明日くると十連勤じゃなかったか?」
「その後、どこかで市原と交代すれば大丈夫だよ」
「無理するなよ」
「うん、ありがとう」
「本当に仕事好きだな」

真田の口調はまるで自分は関係ないみたいだったけれど、真田だってよっぽどだ。

…でも。

最初の内はモニターばかり見ていて…そのモニターの向こうで何が起こっているか、または起こっていないかばかりを確認していて…違和感や空気感を感じ取ることはできなかったけれど

カメラをずらせば違う風景が見えるように
少しピントをかえれば広域の目線が手に入るように

少し自分の中で考えを変えた時から
…枠付きの画面の中は絵ではなく確かにそこにあるリアルな空間であることを意識しだした時から、画面の中の色や空気を感じ取ろうと思ったのだ。
そのリアルに向こうにある世界を感じることが、守りたいという意志に繋がるとも思う。

その画面の向こうには守りたい場所と守る人が映っている。
自分と同じように息をして寒ければ頬を赤く指先を冷たくして歩いている。

そして僕はその人たちを守りたいと画面を見つめながら願い、守ることが出来ることに幸せを感じるから。
だから、きっと『仕事好き』なんだろう。

「…まあ、お互いな」
「…まあ、お互いね」

偶然にも重なった言葉に驚きながら、それでも僕等の目はモニターを見つめている。


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