ふみだすさきに


凜とした、というのはまさにこういうこと。

彼が歩む姿を眺める。
翻る白衣の裾も足取りも軽やかで、姿勢良く、リズムも良く進んでいくのは見ていて清々しい。
あんな薄着で良く平気でいられるものだ。
朝、身につけていたシャツとベストを思い浮かべると実際、寒さに強いのだろうが、ただそれだけでもない。
あんな勢いで歩いていたら寒さも近寄る隙がないというのが正解かも知れない…とも考える。

書類整理の為に閉じ籠った外警監視室。
羽田の肩越しに見えるモニターに順繰りに映っていく彼は、一体一日に巡回でどれくらい歩いているのだろう。

そうか…あれだけ歩いていたら身体も温まるかも知れないな。

ひと段落ついて僅かな休憩をとりながら、珈琲を片手にそう思いつく。

秋が深まったというよりも冬が近づいたという印象。
コートはまだ少し先の話だが、手袋はもうそろそろ出番だ。

外警なのに寒さに弱いなんて、と意外そうに細められた目。
…あれはいつの話だったか。
随分前のことだったけれど笑うこともなく
『身体を大切に』『健康管理をしっかりと』『それにはまず検診から』…なんて言われたっけな。
どうして身体を大事にしようとしないのか、とも。

モニターの向こうで外警と遭遇しているのが見えた。
ああ…安藤が捕まっている。

きっと俺がかつて言われたのと同じようなことを言われているに違いない。
確かに朝から少し調子は悪そうだったが、本格的に熱でも出たか。

監視室に着信が入る。
モニターに安藤の横で池上が内線を入れているのが映っていた。
壇が応対している間に羽田がこちらに視線を向ける。

「安藤早退。池上には俺が代わりに行くって言っておいて」

立ち上がり、椅子の背凭れにかけていた上着を手に取って
背後から掛けられた『いってらっしゃい』の声を袖に手を通しながら聞く。
監視室の扉を開くと外には思っていた以上に冷たい風が吹いていた。
自分は外警向きではないのかも知れないなどとらしくもないことを思う一瞬だ。

吸いこんだ息が体内にやってきて 夏の湿気を帯びたそれとも、春先の柔らかなものとも違うことに、改めて秋の季節の深まりを感じる。

本当にあの薄着で良くこの寒さを乗り越えられるもんだ。

寒さすら近付こうとしない彼の仕事に対する一途さ。
けれどそれは仕事だけじゃなく、俺に対する感情もだ、と一点の曇りも疑いもなく思えているあたり、その一途さは筋金入りで。

「…不思議なもんだな」

考えても答えがでないことばかり分析しきれないことばかり運んでくるこの感情は
厄介でもあり、けれど、それすらが愛しいなんて思えてしまう。

踏み出す足ごとに、彼に近づいているのかと思うと実際は違っても寒さが和らぐような錯覚。

結局、彼が薄着でどうして寒くないのかだとか、そんなことを延々考えてしまうくらいに
俺も、彼に。

「…Dr」

見えてきた背中に声を掛ける。
紫乃が振り向いたら、きっと今よりずっと寒さを感じないだろう。

つまり、それは

そういうこと。


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