ひとあしさきの


不意に冷えた空気が肺一杯に入り込んできて小さな咳払いをひとつ。
先達てまで白衣の下に半袖のシャツを着込んでいたことが嘘のよう。
オフィスの中から廊下に出た途端、少し肌寒いくらい。
巡回の最中に見た庭の緑もその印象を真夏のそれとは異なるものに着替え始めた。
次にはたと気付いた時には見事な紅葉に染まっているかも知れない。
そしてその時もまた私は驚くのだろう。

本格的な秋の訪れは夏の暑さに慣れていた身体に優しくもあり、しかしまた、急激な気温差は溜まった疲れが一気に出る原因でもある。

昨日は二名の隊員が体調を崩して医務室からそのまま早退の道を辿った。
無茶や無理を無意識の内に繰り返す隊員を追い掛けて、捕まえての繰り返し。
以前に較べれば減ったとはいえ、まだまだ仕事が好き過ぎる隊員ばかり。

廊下で擦れ違う隊員と挨拶を交わす限りでは今日ここまでのところは大丈夫そうだ。

嵌められた硝子窓から外を眺める。
見える空はやはり高くなったように思える。
秋の空が高く、夕日が大きい理由は確か中学の科学の授業で教わった。
感覚的なものではなくて実際にそう見える理由があるのは不思議なものだと感心したのを覚えている。

「あ」

けれど、今、この階下の人が大きく見える理由には科学的根拠はないであろうことは私が一番知っている。
外警の隊員とポケットに手を入れて何か話している様子。
リラックスしているようだけど周囲に気を配っているはわかる程にその人のことは良く見えていた。
私にとって間違えようがない人。

これからの季節、少しずつ秋が深まって冬が訪れると、朝、眉間に寄る皺も増えていくのだろうけれど
今のところは大丈夫そうだなんて、こんなところからでもチェックしてしまう自分が居て少し笑えてしまう。

制服には中に着込んでも限界があるし動きも制約されてしまうから寒くてもそれなりのところで収めないとならない。
今年もきっとカイロは大活躍だろうけれど
心から寒くなり過ぎなければいいと祈るようになったのは本当にあの人が寒さに弱いと知ってから。

私服ならどんなに着込んでもいいから、なんて待ち合わせに沢山着込んで来たこともあったけど
それすらどうにも愛おしいなんて感じてしまう私のことを彼は知ってはいない気がする。

「私だって」

もう少し積極的に色々言ってくれていいとか、名前を呼んで欲しいとか、いつでも何故か彼の方が私を思っているのだと言われているけれど。

「私の方が」

小さく呟いて、ここが廊下だと自覚してかっと熱さが身体を駆け抜ける。

そしてそんな時に限って、かの人はどこかで何かを受信したかのように私の居る窓辺を見上げてみたりするのだ。
動悸は早まるばかり。
私の頬は庭の木々に先んじて、きっと紅葉を迎えたように染まっているだろう。

「もう、あなたのせいなんですからね?」

聞える筈のない八つ当たりの言葉を投げ掛けるように囁いて窓辺から離れると
柔らかな昼下がりの陽が差し込む廊下を再び歩き出した。


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