ガードベスト


「お疲れ様」

開発班へと戻ってみると定時をとっくに過ぎて残っていたのは我が副班長…うささんだけで
手元を照らすランプだけ点けた状態で手は一切動かしていなかった。
何か見ている様子に背後から近付いて覗き込むと、手にしていたのは古ぼけたガードベスト。

「お帰り、アレク」

驚きのあまり固まったままで視線だけをにうささんに向けた。

「…覚えてる?」

覚えているもなにも。
ベストだけでなく、机に置かれている箱の中身も全て記憶に残っている。
作られた試作品の数々とその材料に、実験結果のサンプル。

「懐かしいよな」

あの時。
JDGで開発班員二人が同じ班の班員から撃たれたとの報が入った時にはロスの開発チーム全体に衝撃が走った。
その上、傷害事件を起こした人間が開発班で開発したものを使用していたことがかなりのショックだったことも昨日のことのように思い出す。
事件の際、うささんは試作のガードベストを着ていた。
そのことで深い傷を負うことがなかったことが皮肉にもその性能を証明してみせて…この優しい人は少し複雑な思いを抱いていたのだろう。
うささんの…というより開発班の、記念すべき第一号といっていいであろう開発品であり、班の存続を決めた運命の一品であり
沢山の隊員の身体を、そして臆せず前を向き正義の為に戦う心を守る警備隊になくてはならない開発だったにも関わらず、箱にしまわれたままだったそれが気持ちを表しているように思える。

大切だけれど、見るのは辛い。
捨てることは出来ないけれど、広げておくのはもっと出来ない。

「ずっとしまってあったんでしょ?痛んでなかったの?」

声を掛けるとうささんはひどく愛おしそうにベストの表面を撫でた。

「うん、奇跡的に。ちょっと古ぼけてはいるけどね」

目の前で起こった出来事に対し、彼に責任はない。
捕獲銃を使用することを前もって予見できていれば防ぐことも出来ただろうけれど、同じ開発班員が…いや、国会警備隊という人を守るべき人間が
何もしていない他者に傷を負わせようとすることなどうささんでなくても通常では考えられない話だ。

「今のは何代目だったかな?」
「それはうささんが生みの親なんだから俺より詳しいでしょ?」
「えー、今じゃアレクの方が詳しいよ」
「そうかなあ?」
「そうそう」

脇へとベストを置いてから、箱の中身が次々と取り出されていく。
タブレットやPC全盛の時代ではあるけれど、案を練る時やプレゼンテーションする場合は紙の方が重宝することもあって、うささんの箱からも少なくはない量のアイデアを書き込んだ紙が出され
うささんは昔から才能に溢れた人だったという証拠の品が積まれた。

「…妻夫木に見せたことなかったなって今日気付いて、初期型を知らないままベスト改良させるのも悪いなって思って開けたんだけど。予想外にこれは色々思い出す」

それはそうだろう。
その超軽量のガードベストは開発班の存続の危機に直接関わってきた品だ。
検討するといって企画を長らく放置していた上司は班が潰れればバレてしまう横領を隠す為に開発を許可し、いざ開発に着手してからは同じ班の隊員に嫉妬された上で銃撃され、しまいには同僚が隊員生命を断たれる程の怪我を負ったのだ。
いい思い出ばかりの品ではないことはわかっている。

「…冠が来て、パレやロウが来て、アレクが来て、妻夫木や植草が来て…今が充実すればする程、あの時、自分に何かができたんじゃないかと思えてならなくて」

それでもベストを丁寧に畳むうささんにとっても開発班にとってもそれはそれは特別で大事な品。

「結局、何も出来なかったことに変わりはないけど、考えるのは止められないから。だからせめて忘れないようにしなきゃって…進むことを望まれてもいるんだから」

うささんは最後に告げられた『後頼むよ』の言葉と共に、自分で気付かない程自然に人の想いを受け入れて、背負っているのだろう。
一度懐に入れた人間の為なら、惜しみなく自分の出来る得ること全てで応える人だから。

「…一人じゃないよ、うささん」

あの時と同じ言葉が自然と口をついて出た。
きょとんとこちらを見る顔つきは、幼い子供のようにも見える単純な疑問を浮かべている。

「俺も一緒に覚えてる。この班に居る全ての人間が覚えてくんだ。一枚のベストが開発班を救ったってことを」
「そうだな。本当に許可が下りて良かった」
「それも、だけど」

開発班を守ろうとした彼が本当に守りたいものは、テロの脅威に立ち向かう隊員であり、ここに集う人々の安全であり、彼らの身の安全や任務の遂行の手助けの為に自分の手から守る為の道具を生みだそうとしているのだけれど。

「何より、うささんを守ってくれたんだから」

彼自身もまた、誰かにとっての…それはきっと皆にとってだと思う…守りたい人であることを決して忘れては欲しくない。
彼の才能を失うことは隊にとって、あえて感情を排して言うのなら大損失を被ることであるし
隊員として、班員として、そして何より仲間であり友人として、大打撃どころの騒ぎではない。
丸い目が俺を驚いたように見つめていた。
どうしてこんなにも自己評価が低いのだろうと思うのだけれど、それがうささんという人だから、周囲にいる俺達が伝えていけばいいのだと思う。

「まず一番にそれを忘れないよ、俺たちは」

だから、一人じゃなくて、皆で覚えて行こう。
かつての開発班で起こったことも、それからの歴史も、作り上げてきた夢も、これからの未来も。
俺や冠ちゃんやパレくんやロウくん、植ぽんに妻ぶきん。
開発班に限らず、この隊の隊員も、これからもしかしたらまた増えるかも知れないけれどそんな仲間達も一緒に分かち合っていきたいと思うだろう。

「開発班を守ってくれた真のガードベストはうささんだもの」

俺たちがここに集う未来を守ってくれたのは確かにあの頃のうささんの頑張りがあったからだ。

「ありがとうね、うささん」
「…俺はそんな大層な存在じゃないけど」

そんな囁きに似た言葉を落としながらそっぽを向いたうささんの髪の間から見える目元は僅かばかり赤く

「でも…ありがとう」

その声は笑みを含みながらも心なしか少し震えていた。


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