ゴールデンエイジ
訓練校で伝説となっている期がある。 国会警備隊現隊長、官邸副隊長を輩出した期で、両警備隊の外警班長もその同期。 その後の代に比べても圧倒的に多い副班長の数は決して隊長の取り巻きだからではないことは入隊してから良くわかった。 隊長就任時にひと悶着あって隊員が減った時期を乗り越えてきたこともあったからだ、と口さがない人が言うことはあるが、一度されている仕事を見れば、その質の高さ、細やかさ、真面目さ、真剣さが確認でき、誤った評価だとわかるだろう。 所謂、世間一般で良く言われる『黄金の世代』と呼ばれるに相応しい世代。 仕事をするようになってから個人的に幾度もそう思ったし、それを否定しようとは思わない。 でも、同時に、そんな優秀な人達なのだから、自分とは根本的に人間の出来が違うのだろうと、そんな風にも考えていた。 意識はしていなかったけれど、実際、そう思っていたのだと、気付かされた。 今、この時に。 隊内の隊員…非番の者も集まったホールは騒然としていた。 存在感は抜群だが、いつもこうした場では事務的な連絡事項以外、表立って話をすることのない我が外警班長が中央に立ち、全員に座るよう促す。 『今、隊長が置かれてる状況全てについて』語る班長の言葉は実に重たく、そして、驚きを隠せないものだった。 隊長が委員会から降格を命じられる瀬戸際であること。 休暇をとるように命じられて、里帰りした場所で爆弾テロに巻き込まれ、一般人を庇った際に受けた衝撃が元で年齢退行し、退行した年齢までの記憶を喪失している状態であること。 その記憶が戻らなければ、最悪、隊を除隊しなければならないであろうこと。 冷静に淡々と、班長は事実を積み重ねていく。 「国会警備隊を作り上げてきた仲間として、このままでいいわけはないと思う」 その言葉の影に見え隠れする情熱を皆が感じ取っていた。 並んで壇上に立つ他の班の班長も壇の下にいる副班長も、この部屋の中にいる隊員も外で話を聞いている隊員も、皆がこの人が本気なのだとわかっている。 隊長の置かれた状態など、全く知らなかった。 抜群のキャリアを持った優秀な副隊長が入り、隊長の激務が少しでも減るのだろうと思っていたし、けれど、そのことが、まさか隊長を降格させる為の下準備なのだとは思ってもみなかったのだ。 「皆の力を貸して欲しい」 隊員の中の空気が僅かに揺れるのがわかった。 何か大きなことをしようとしていることが、西脇さんだけでなく、前に居並ぶ他の班長からも感じられたからだ。 それでも、口は誰も開かなかった。 「隊長をここに迎え入れる」 静寂の中、息を呑む音だけがやけにはっきり聞える。 自分も、同じように息を呑んだ一人だ。 「記憶がない人間を警備に就かせる、それが危険なことは百も承知だが、それでも仕事をしていく中で思い出す可能性に賭けたい」 危険など自分達が言うまでもなく承知の上で言っているのだ、と言う班長は、一度、瞼を伏せる間を置いてから顔を上げ、強い眼差しで、ぐるりと周囲を見渡した。 「隊長の強い思いが俺達を引っ張ってきたことは皆知っている筈だ。それを、今、こんなところで終わりにさせるわけにはいかない」 隊員ひとりひとりを見ている、と感じる眼差しだった。 痛いほど真剣で、隊のこれからを共に考えなければ、と、自然と心の底からそんな気持ちが湧き出してくる。 最初から風通しの良い、今のような隊でなかったことは先輩方から良く聞いて知っていたけれど実際に体験をしていたわけではない。 激動の改革期を乗り越えてきた先輩達。 多くの事件や数々の問題を乗り越えて、強い絆で結ばれている仲間なのだということは良く知っていた。 でも、知っていた気がしていただけなんだろう。 才能もある、天性の指導力だってある方達ではある。 それは確かに自分にはないかも知れないものだ。 でも目の前で語るこの人が隊を後戻りさせてはいけない、常に前へ進まなければならないと思う強い強い気持ち。 これこそが、皆を強くして、隊の中枢で隊員を引っ張ってくれる原動力だと感じた。 そして、その思いにならば俺も覚えがあった。 気持ちは自分次第のものだ。 才能の違いだとか、天性のものだとか、人間の出来が違うなんて言い訳も、通用しない。 「全責任は、俺が、とる」 そう言われた時、きっと皆が思っただろうことを俺もまた思っていた。 何かがあれば、班長は本当に全責任を取ってしまうだろう。 それは、絶対、あってはならないことだ。 だって、隊長も、班長も、それから副班長も含めてこの人達は俺達が憧れた『黄金の世代』。 今は才能よりも天性の能力よりも、その思いの強さで、要職に就いているのだとわかる。 この人達について行きたいと、それまでだって思ってた。 でも、今は、それよりも強くそう願う。 黄金に輝く彼らは、トーチライト。俺達の心の道標だ。 「力を貸してくれ」 彼らの黄金は、俺達を照らし、俺達が同等に輝きを放つまでは導く為に、国会の中ではどんな暗闇でも迷わぬよう、見落とさないように細部までを照らし出す光。 そして、いずれ俺達も同等に輝きを放てるようになったのなら、今度は共にこの国の未来を守る為に光りたいと願う。 それこそが国会警備隊であることの使命のひとつであり、それを教えてくれたのは班長であり、いつも中心で輝く隊長だった。 力を貸してくれ、と再度言われなくても、きっと皆、心は決まっていたと思う。 静まり返ったままの場内にはもう息を呑む音は聞えず、誰ひとり声も出さずに、皆が皆、真っ直ぐに班長を見ていた。 その眼差しに、光を宿して。 Index |