ドッグディ


暑い、とにかく暑い。
外警にとっての夏は気合いの夏である。

西瓜に似ている、あれはかき氷、風鈴みたいだ…と雲の形を声にして楽しむ梅沢とそれに応える池上の声をBGMに
屋上で僅かばかりの日陰に入り、涼みながらの休憩兼実験時間。
伸ばした足の腿の上に乗せた本の特集は高らかに『海へ行こう、山へ行こう』と誘うけれど国会の期間が延長された今それはお預けだ。

目の前で繰り広げられるのはビーチバレーならぬ紙風船屋上バレー。
風で階下に落ちる心配もあるので普段なら止めるところだが、これだけの無風ではその心配もないだろう。

意外と器用に紙風船を折っているのは横に座る梅沢で
本木がアタックすること数度で破れるそれをこまめに変えてやっている。

しかし、どうにも安藤には勝ち目がないな。
最近めっきり大人になったと思っていたが、本木はやはり本木だ。
全力投球、一球入魂。
あれじゃ誰も取れない。

「羽田さん」

頭上から声を掛けられて顔を上げると、そこには田中が五本のスポーツドリンクを持って立っていた。

「ありがとう」
「いえ、どういたしまして」

横に腰掛ける田中の額にも薄らと汗が滲んでいる。
今、館内から来たというのにこの調子だ。

「今、そこで隊長と会ったんですけど」
「ん~?」

少し呆けた声になってしまったのは頬に冷えたスポーツドリンクを当て、熱が少し引くようで心地良かったからに他ならない。

「今日、35度だそうですよ」
「うわー、それは暑いの当たり前ですね」

梅沢の向こうで呟く池上の手には食堂を出る時に持たされたのであろう水筒。
目に見える愛情が堂々とし過ぎて、もうすでにからかう範疇ではないが、聞くだけは聞いておかないと、後で知らなかったなんてことになるとコトだ。

「何で休みにこんなところにわざわざ出て来るんだって言われなかった?」
「言われませんでしたけど、一応、実験ですとは言ってきました」

池上もわかったもので『誰に』か、などと聞かなくても答えはハッキリ返ってくる。
ただ暑さのせいではなく、頬はほんのり赤みを帯びてはいたけれど。

「本木、安藤ー、今日、35度だって!そろそろ終了ー!」

隣で手をメガホン代わりに口元へ宛がい、田中が声をかける。

「わかりましたー…最後の一勝負してから!」
「あ、本木さん、不意打ちですよ、それ!」

返事だけはいいものの、最後の一勝負は中々に白熱していた。
本木のスパイクを安藤がブロック、それをまた本木が拾う…といった繰り返し。

その勝負の最中、ピーという甲高い無線音が鳴った。

『本木と安藤はそれ以上続けると体温上昇が常人のレベルを超えてしまうのでやめてー!』
「はい、止めだってー」

紙風船の威力だから大したことはないが不確かな軌道を描くそれを受け止めるのは中々難しい筈なのだ。
しかし立ち上がり制止に入った池上は本木のスパイクを片手で軽く受け止めて畳んでしまう。

「もしかして池上と本木でやったら面白いことになるんですかね?」
「確かに面白そう」

田中と顔を見合わせて頷き合う。
フットサルなんかも違うチームで中心になってやっているようだし、本木対池上は見応えのある勝負になりそうだ。

まあ、紙風船バレーだけど。

『みんなも、もういいよー。ありがとう!』
『お疲れ、水飲んでおけよ』

無線の声の主…宇崎さんと我らが班長の声に、自分と池上と田中以外の、つまり梅沢と本木と安藤が田中に…正確には田中の持つスポーツドリンクに群がった。

そして全員が飲み物の蓋を開け

「いただきます」

一口、口を付ける。
喉が、身体が、一気に水分を吸いこんでいくような感覚に全員が深い溜息を吐いた。

「あーうまいー!」
「ですよね!」

特に動いていた本木と安藤は喉を鳴らして半分程をものの二口で流し込んでしまっている。
よっぽど暑かったのだろう。

『着心地どう?』

気化熱冷却といっただろうか。
十数年前からビジネスシーンに取りこまれていた、ジャージなどに使用されていた素材を改良したもので作られたベストに防弾性能を持たせることで夏場の外警は勿論、爆班の防護服にもそれを応用し、軽く不快感を最小限に抑え、暑さから身を守り凶弾からも身を守るものにしたいと開発班が数回に渡り試作を繰り返してきたそれは汗を随分かいた筈だがべたつき感はあまり感じられなかった。

「さらっとしてます」
「体温が籠らない感じですね」
「着心地いいっす!」
「蒸さないので気持ちいいです」

それぞれが口ぐちに言う感想に、うんうんと相槌を打つ宇崎さんの嬉しそうな顔が目に浮かび

『水も飲んだからだろうね、体温も下がってるよー』

センサーが感知した体温の推移を見たのであろう弾んだ声が更に続くから、これは近々の夏に登場することになるんじゃないかとの期待を寄せる。

それだって暑いに違いはないけれど、皆が少しでも快適に仕事が出来るようにと思って開発してくれているのがまず有り難い。
その気持ちが仕事を頑張ろうと思う一因にもなるのだ。

「身体が涼しくなって、気持ちが熱くなるっていうんですかね?」

今まで至って静かだった梅沢が呟いた言葉に一瞬皆が沈黙して

『たまにうまいこと言うよね、梅沢。座布団三枚!』

無線越しに宇崎さんが言った言葉に皆が派手に吹き出す。
けれど、まあ、梅沢が言ってたことは真実だ。

身体は涼しくても気持ちは熱く、体温が下がってモチベーションは上がる。

『じゃあ、センサーが気持ちを感知して焦げる前に外しに来い。これから午後が始まるぞ』

班長の声に座っていたものは腰を上げ、立っていたものは出口に向かう。
足の上に置いていた雑誌を片手にもう片方にスポーツドリンクを持って、自分も歩き出した。

夏の午後の太陽は容赦なく強く照りつけて、尚更に暑さを増すだろう。
けれど、それよりも強いものを自分達は胸に持っている。

外の暑さより、心の熱さはより強いのだ。


熱い、とにかく熱い。

外警にとっての夏は気合いの夏である。


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