クールダウン


頭上に燦々と輝く太陽に、じりじり頭を焼かれていくような感覚を受けながらの通勤。
午前中でもこの温度なのだから日中は更に暑くなることは間違いない。
七月半ばではあるが、今日も真夏日になるのだろう。

「おはよう」
「ああ、おはようございます」

休み明けの出勤日は医務室に到着すると堺先生との引き継ぎまでの僅かの間に館内見廻りを習慣としている彼に隊員の様子を確かめておく為、隣の部屋へ顔を出す。

「昨日、忙しかった?」
「いいえ、昨日はまだ涼しかったので。今日はもしかしたら午後は忙しくなる可能性もあるかと」
「暑いしね」
「はい」

一週間程前に朝礼で『熱中症に気をつけるように』と隊長自ら話をしたことで水分補給や塩分補給、クールダウンなどの意識は高まってはいるが
外警のように表にいる時間が長い部署は当然のこと、室内と室外の出入りが多く内外温の差に体力を容赦なく削られていく整備班や、一度処理に取り掛かれば水分補給など出来ない上、防護服をいう鎧を身に纏う爆発物処理班など心配は尽きない。
勿論、室内でだって熱中症は起きるわけだし、表に出ない部署だから気を抜いていいわけではないけれど。

「水分も塩分もこまめに補給はして欲しいですけど、仕事の関係でどうしようもない時もあるとはわかっているので」

しかし、どうしようもない時でも、せめて悪化させない内に気付いて貰いたい。
暗にそう告げる言葉の終わりに吐かれた大きな溜息は隊員に向けられたものではなく、自身が何とも出来ないことへの歯がゆさなのだと思う。

「でも、この天候が続く割には、症状が出てる隊員が少ない方だと思うよ」
「そうでしょうか」
「精神力も体力も使う仕事だから、この暑さで参る人間はもっと多くてもおかしくないと思うけど」

手にしていたペットボトルの蓋を開け、水を一口流し込むと、驚くほどに咥内が乾燥していたことに気付いた。
言われなければ気付かない乾き。
だからこそ、意識し続けなければならないことを自ら実感する。

「彼らは幸せだな」
「はい?」
「声をかける人が居ることを喜ばないと」
「そうですね。石川さんに心配をされてるんですから」
「それも、だけど」

彼は自分を排除して考える癖でもついているのか、とも一時期は考えたものだが、これはきっと天然な部分でもあるのだろうから仕方ないのだと最近は思うようにしている。
しかし、思い違いを正すことは忘れない。

「『橋爪医師名物定期巡回』」
「え?」
「随分と彼らの助けになってると思うよ」
「私が、ですか?」

きょとんとした表情は、いつものDrと呼ばれる顔とは違う、少し幼さも感じる素のものだから自分の功績など考えてもいなかったのだろう。

「皆、姿を見ると反射的に『何かあったらDrに連行される』って思うからさ」
「何もない人間を連れて来るわけではないんですけど」
「医師と呼ばれる人間は少しくらいそう思われなきゃ」

それに。
彼が巡回をしているのが隊員の状態を確認する為だと皆が知っている。
それが皆の健康を守る為のものであることも理解している。
だからこそ。

「彼らにとっては、きっと風みたいなものじゃないかな」
「風?」
「熱くなったところへ、ふっと涼しいのが吹くと我に返ったりするのと一緒」
「ああ」
「あれだよ、あれ」

それはもう既に刷り込みにも似ているのかも知れない。
巡回に慣れた隊員は、彼の姿を見れば、酷使した身体を省みる。
彼の手を煩わせないか、注意された事を守れているか。
冷静になる一瞬があることで、自らで自らを管理しなければという気持ちを新たにするのではないかと思うのだが。

「それは怖くてヒヤリとしているということでしょうか」

やはり少しズレた発言が返ってくるのはこの際、もう気にせずにおこう。

「もしそうだとしても、それで患者が増えないなら本望でしょ」
「そうですね」

考える少しの間をおいて小さく頷き

「なんだか幽霊と同等のような扱いの気がしますが、でも、それで彼らが健やかであるのなら」

それでも構いません。
揺れた彼の髪に窓から入った夏の光がキラリ反射した。


ああ、本当に今日も暑くなりそうだ。


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