because


仕事があり早めに出勤した早朝八時前。
休みに出てくること自体は全く不自然ではない程度には仕事人間の上司が予想通り既に来ていた。

自分の上司であるこの人…危機管理局テロ対策日本支部長は兎に角風来坊で自由自在に動き回る人だ。
一分目を離した隙に居なくなることは勿論、角を曲がったら居なかったこともある。
その忍者のような行動には一々全て納得できるだけの理由があるのだが
あまりの情報処理能力と判断力が高さ故、他の誰もが説明がある迄理由に気付けないことを鑑みると
その説明する時間も勿体なく、口にする前に身体が動いてしまっている…というのが正直なところなのだろうと自分は睨んでいるので
極力前もって、部長が今していること、考えていることについての情報収集を試みている。

だから、こうして今。
休みなのに目の前に居ることも理由があってのことだとわかっているし不思議ではないのだけれど。

「あの」
「あん?」
「それ、何に使われるんですか?」
「ちょっとな」
「はい?」

『ちょっとな、で済んだら、警察も危機管理局いらないんですよ』
とは言えないまでも食い下がる気配を見せたが
けれど当人はお構いなしで、銃器の使用許可申請書を手早く作成しつつ、にんまり笑顔を向けられた。
言ってくれるつもりは全くないらしい。
見たところ、使用銃器は『麻酔銃』となっている。
型式を見れば最新型ではなく、二世代前のものだ。

「最新型はこっちで何かあった時の為に持ってかない。扱いも俺にゃ、旧型のが向いてるからな」

俺の視線だけで何が言いたいのかがわかったようで、だけれどやはり肝心の問いにはまったく答えてくれず、目の前で軽快にポンと許諾印が押された。
自分で作った申請書類に自分でハンコを押すのだから、書類を作った段階で持ち出しは決定事項だ。

「氏木が心配するようなことじゃない。お前らに迷惑かけるようなことでもないってことは信じてくれや」

心配こそすれ、この人に対しての信頼を揺らがしたことは一度もない。
しかし、危ない場所へと平然と飛び込む人であることは知っている。
こちらの気持ちを知ってか知らずか書き終った書類でポンポンと二度頭を軽く叩かれた後、机へと申請書類が置かれた。

「ほれ、提出したから、貸してくれ、麻酔銃」

外では雨が降ったり止んだりしている。
こういう日の雨を、涙雨というんだっけ。

保管庫の鍵を開き、出してきた麻酔銃のケースを机に寝かせ、銃装が揃っているか中身の確認をする。

「部長?」
「ん?」

共にケースの中身を確認する部長から目を逸らし、申請書類を横目でちらり。
書かれた今日の日付は、忘れようがないものだった。

局員は皆、部長は、今日この日、国会警備隊に向かうのだと知っている。

言うなれば城教官と部長は『盟友』だったのだろうと思う。

国会警備隊が変わる予感に確かに部長は期待していたし、その期待はそれだけの力量がある人物が教官になったから、という信頼に他ならない。
無論それだけでない。
恐らく深いところで、進むべき道や理念のようなものを共有していたのだろうとも思う。

今度こそはと誓いを新たにして、防ぐことが出来たこともある。
しかし、防げなかったことも、同じように多い。

だからこそ、問わなければ。

「今日、国会で何も起こりませんね?」

国会に向かう人が麻酔銃を持っていく。
何をするかは予想がついていた。

「そうさせねぇ為に持って行くんだよ」
「使用したら報告入れてください」
「あー…覚えてたらな」
「なら、今、覚えてください」
「はいはい」

この生返事は信用ならない。
人間的にも信念的にも信頼はしているが、この生返事だけは信用しちゃいけないと知っている。

「部長」
「ああ?」
「これでも幾年か部長の部下をしていますので」
「うん」
「部長のネットの閲覧履歴くらいは確認しています」
「!」

銃のチェックをしていた手が止まった。
部長が居ない間の資料や書類作成、整理を引き受けている自分にどうして隠せると思ったのだろう。

「なので、止めません。怪我だけはしないでください」

机の上に積まれた、最近の墓石や記念碑を狙った狙撃事件の資料。
自己顕示欲の強い犯人、とのプロファイリング結果の報告書。
PCに残る検索履歴と、部長が最近良くチェックしている掲示板へのアクセス履歴。

そしてここ数日見ていた板に昨晩上がっていたのは国会の慰霊碑への犯行予告だった。

「お前は中々食えない男になってきたな」

感心したような呆れたような声音に、そりゃそうですよ、と応じる。

「だって、あなたの部下ですから」

それくらいの先回りが出来ないと置いていかれてしまうので。
告げた自分の顔をマジマジと見た後、部長はまた小さな声で

「本当に食えない男になりやがった」

と、しかし少しばかり愉快そうに告げた。


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