JACK-O'-LANTERN


「Trick or Treat」

何が何だかさっぱりわからない。
いや、正式にはこれがハロウィンとかいう祭りで、これはそのかぼちゃの王様の扮装だってこともわかっている。

わからんのは、どうしてこいつがこんな扮装をしているのか、だ。
大人が…しかもいい立場にいるいい年のオヤジだぞ、お前。

「…いい加減、何かよこせ」

不機嫌な低い声がオレンジの頭の中から聞こえてくる。
何かっていっても、居酒屋のカウンターに飲みに来たただの客が何を出せるっていうんだ。

それにだ、これは是非説教してやらねばならんのだが。

「人に菓子をねだっているくせに、偉そうに言うんじゃねえよ」

どうしてそんな頼み方なんだ。

「ものを頼む時に『菓子渡すか悪戯されるか選べ』ってぇのは一種の恐喝じゃねぇか。テロ対策本部長ともあろうお偉いさんがそんなことしていいのかね」
「こういう時に常識を振りかざすな」

カボチャ頭がぶつぶつ零す。シュールだ。
間近で見れば空気の注入口が脳天のヘタの部分に見える。
時間は大体で決める緩い待ち合わせに仕事片付けて来てみりゃ、大将まで中途半端な丈のマントと歯茎にまったく合わない牙の吸血鬼の扮装をしているし。

「…一度だけ聞くがこりゃ何の罰ゲームだ、一体」
「俺達が楽しんでやっているとは思わんのか」
「楽しんでやってるように見えねえから言ってんだ」

このかぼちゃ頭がもし楽しんでやってるんだったら、そのオレンジの中身は別人に違いねえ。
訝しげに見ていた俺の視線に奴が被り物を脱ぐ。
不貞腐れたような見慣れた顔が出てきたから、きっと何かの原因があるんだろう。

「お前、入口の張り紙見て来い」
「あん?」

入口と言ったって、遠くにあるわけじゃない。カウンターのすぐ後ろにある引き戸だ。
のそり席を立って一旦表へと出ると、店内の明かりが硝子戸の向こうから光を漏らして、張られている紙に書かれた文字が良く読めた。
『ハロウィン衣装を着用でグループ全員二割引き』
ご丁寧に扮装衣装店内にて貸出しております、と括弧書きもある。

「…なるほど。お前のそれはそういうことか」
「そういうこった。感謝しろよ」

出て行った時よりも多少足を速めて店内に戻ると、内藤の奴はいつの間に頼んだんだかグラスに溢れんばかりに注がれたおかわりの冷酒を啜っているところだった。

「親父、これ結構皆やってったのか?」
「若いグループの子なんかはやって行かれましたよ」

居酒屋でやるんならいっそ雪女とか子泣き爺とか一旦木綿とか、そういう和風扮装にすりゃいいのにねえんだろうか。
視線を彷徨わせ、奥の上がりの座敷に置かれていた扮装を見つけて、視線を止めた。
少しは着物らしい柄も見えるから、全くないわけでもないようなのに、よりによってこんな王道のカボチャを何故選んだんだか。

「なあ」

取り敢えず冷酒と焼き鳥を数本頼んで、丸椅子に腰を落とした途端に声が掛かった。

「このかぼちゃの王様っての名前知ってるか?」
「知らねえ」
「結構名の知れたワルらしいけど聞いたことないか?」
「興味ねえから、わからん」

まずハロウィンなんてもん縁がねぇし、最近でこそ色んな催しもんでかぼちゃのランタンとか見るけどよ、名前まで知るわけねぇっての。

「ジャック・オ・ランタンっていうんだってよ」
「随分立派な名前をお持ちだな」
「まあ、ランタンはランタンだから、正確にゃジャックか」
「ジャック…なあ」

カウンターに置かれたカボチャ頭に軽く拳を当てると、空気が偏ってべこりと凹んだ。
元から間抜けな顔をしていたが、歪んだ顔は更に情けなく見える。

「こいつはうまいこと知恵働かせて悪魔に死んでも地獄には連れていかねえって約束させたんだってよ」
「なんだペテン師か、お前」

カボチャ頭の両頬にあたる部分を片手で摘まんで、出てきた酒を三分の一ほど煽り飲んだ。
焼き鳥はまだまだ焼けねえから、問答無用でオレンジの物体を乗り越えて内藤の前に置かれているお新香に箸を伸ばしつつ、説明の先を視線で促す。

「ペテン師っていうより、なんていうか、口の上手い奴だったんだろうけど。でもいざとなったら悪い奴だから天国にも受け入れてもらえねぇ」
「間抜けだな」
「な。で結局この世の中に漂ってるしかなくってよ、自分みたく迷ってる奴が道に迷わないように灯を燈してやってんだって」

沢庵を齧る音に交じって、洋風の祭りの蘊蓄を聞くなんざ、これぞ和洋折衷といったところか。

「誰かの為に道案内出来てる段階で、コイツ良い奴だよな」

まさかその方向に話がいくとは思っていなかったが、内藤の言うことも一理ある。

「まあ、確かに。昔はちょっといきがってたけど今は改心した、案外世話好きの若造ってとこか」
「けど良い奴とか言われると、眉間に皺寄せるような奴」

恐らく一人共通の若造を思い出したのであろう俺達は声を上げて笑う。

「…まあ、あっちは正義の味方だけど」
「あいつは企みはすっけど『悪』巧みはしねえしな」
「間抜けでもない。抜け目もねえ」
「でも若い」
「そう、若造だ」

普段飄々としているくせに、褒めてやると喜んでんだか喜んでねえんだかわからないような態度で礼を言うか何故だか素直に受け取らねぇ奴。

「なんだか楽しそうですね」

背後の引き戸ががらりと開いたのはそんな時で同時に振り返ると、カウンターに乗ったビニール製のカボチャ頭を眺めて瞬きを繰り返す本日待ち合わせの三人目の男が立っていて。

「よう、ジャック!」

にやり口を歪めて声を掛けると、珍しくわけがわからないといった顔付きで俺たちを見た後

「親父さん、この人達もう酔ってる?」

と可愛くないことを口に出すもんだから、内藤と二人、ぬうっと手を差し出して強請ってやった。

「Trick or Treatだ、西脇」

お菓子を持ってないことなんか百も承知のそれに、ぎゅうと寄せられた眉間の皺は本気で嫌なものではなくて、また二人顔を見合わせて笑った。


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