111
そう言えば今日は犬の日らしいよ、と食堂で誰かがそんなことを言い出した。 222をにゃんにゃんにゃんと読ませて、猫の日。 犬の日は111でわんわんわん。 それで犬の日、と言われているらしい。 「犬と言えば、犬型と猫型の人っているよな」 「ああ、いるねえ」 まずは真田さんと室井さんのテーブルからそんな声が上がり、斜め向かいに座っていたアレクさんが、そうだね、と相槌を打ち、コンピュータ班の班長の野田さんが 「アレクは犬だよな」 と言ってくれたものだから、食堂中で誰が犬で誰が猫か、なんてくだらない話が繰り広げられることになった。 岩瀬さんは満場一致で犬。 時折尻尾や耳も見えるくらいだから犬に間違いない、とはカプチーノをカウンター脇で飲んでいた西脇さん談。 クロウさんは間違いなく猫、いや、もしかしたら豹?と呟いたのは宇崎さんで、ああ、豹かも…と小野さんが頷いた。 でも猫科は猫科。 西脇さんは、猫のような犬のような…と迷っていたら、城が”寒さに弱いところは間違いなく猫ですよね”と言い出し、全員で既にジャケットの前を閉め始めている姿を見て納得。 西脇さん一人が複雑そうな顔をしていた。 ”宇崎さんは兎だから、ちょっと脇に置いておこうね” 真矢さんの発言に軽い蹴りを入れた宇崎さんの足の動きはまさに兎のそれで、どこからともなく笑い声が立つ。 ”岸谷さんは大きな犬っぽいな、ボス犬” なあ、そう思わないか?と話を振られて、一気に視線が自分に集まって頬が赤くなるのがわかったけれど、こくり縦に首を振った。 ”池上は犬だよね。田中さんも本木も犬、梅ぽんも犬、安藤も…ううん、そう考えると外警は犬が多い?あ、でも壇兄弟は猫っぽいかな?それから、哀川だとか三上とか…あの辺は猫?” アレクの言葉に、横に座っていた平田がふふ、と笑いを零した。 平田は犬、かな?猫ではなさそう。ああ、でも、もしかしたら凄く人懐っこい猫かな。 開発は圧倒的な猫集団の中に犬のアレクさんと妻夫木と、兎がいるという話になっていた。 個性的なところはやっぱり個性的だ。 ”真矢は狼っぽい”宇崎さんが言った言葉に深い意味なんかちっともなかっただろうについぱちぱちと瞬きして見ていたら、真矢さんが俺の視線に気づいたのか、しいと人差し指を唇に押し当てて微笑んだ。 ”篠井さんも狼っぽい!””いや、猫だ!毛並みの凄くいいスリムな猫だ!”と何やらどこかで主張し合う声がして ”マーティは猫…猫?ううーん”、なんてアレクさんが悩み出す。 そこかしこで、犬と言われた人に対して、いや猫だろうとか、熊だ、とか、ハムスターだとか、果ては宇宙人だとか、色々言い出す中から、カプチーノを飲み終わったらしい西脇さんの涼しげな声が聞こえた。 「隊長は何だろうな?」 「隊長…ですか?」 途端、しんと静まる食堂に暫く経って、ううううんという唸り声が響き 「…猫、いや、犬…いや、猫…猫?いや…」 「いや、隊長はもう、何っていうか、隊長だから」 「そうなんだよな、隊長は、石川隊長、なんだよなあ…」 「それ言ったら、皆、人間だろう」 キッチンから鷹夜さんの声が聞こえてきて、はっと皆が我に返り、注文カウンターに視線が集まると同時、かなりの人数がガタガタと席を立った。 「お、おつかれさまです、隊長!」 「お疲れ様、面白い話をしてたみたいだな」 「いつから、い、いらしたんですか?」 「満場一致で岩瀬が犬ってところくらいからかな」 随分前からいらしていたことに、気付かなかった。 鷹夜さんは当然気付いていたのだろうけれど、何だかんだで楽しいことが好きな人でもあるから、黙って見ていたに違いない。 「も、申し訳ありません!」 特に最後に隊長は何か、ということで悩んでいた一団が、揃って頭を下げると、隊長は手を立てて左右に振った。 「いいんだ、陰口を言ってたわけでもないしな。こういう気の抜けた会話が出来る時間が持てるということを咎める必要はないさ」 綻ぶ口元は実際、とても楽しそうで。 そのまま、後ろに立つ岩瀬さんに視線を流し、なあ、と声を掛けると、岩瀬さんも、うん、と大きく頷いた。 「俺も別に満場一致で犬型だと言われたことはどうとも思わないけど」 それでもどこかぎこちない空気に、ふうと息を吐いてから、にっこり笑った。 「けど折角だから、終業後のトレーニングで今日はみんなに相手してもらおうかな?」 「!」 「だって、今日は”犬の日”なんだろう?」 だったら俺をいっぱい構ってもらわなきゃな! 満面の笑顔を向けられて、不安が払しょくされたのだろう。 前方の隊員が喜んで!なんて返事で食堂はいつも通りの空気に戻り、良くやった、とでも言うかのように隊長にぽんと背中を叩かれた岩瀬さんは一際嬉しそうに見え。 ぴんと立った耳とぶんぶん振られる尻尾がうっすら見えたように思えたのは、ひっそり、自分の心の中にだけ留めた。 Index |